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那覇家庭裁判所 昭和55年(家)390号 審判 1980年8月14日

申立人 中里重男

事件本人 山田礼子

禁治産者 中里君子

主文

本件申立てを却下する。

理由

一  申立ての趣旨

禁治産者中里君子の後見監督人山田礼子を解任する。

二  申立ての実情

(1)  申立人は、昭和三九年一二月三日、中里君子(申立人との婚姻前の氏を小山川と名乗つていた。以下「君子」という。)と婚姻したところ、同女は、昭和五四年一一月一四日、同女のおばである山田ミサ(以下「ミサ」という。)の申立てにより、那覇家庭裁判所から禁治産宣告を受け(この裁判は、同年一二月五日に確定。)、これに伴い、申立人が後見人になり、山田礼子(以下「礼子」という。)が同日、ミサの申立てにより、同裁判所から後見監督人に選任された。

(2)  後見監督人礼子は、以下の理由により、被後見人である禁治産者君子との間で事実上利害が対立し紛争関係にある外、後見監督人の権限を濫用しているので、その任務に適しない。

(イ)  別紙目録の各土地(以下「本件各土地」という。)は、もとミサ及び君子の共有であり、その持分の割合は、ミサが三分の一、君子が三分の二であつた。

(ロ)  本件各土地は、軍用地として使用され、本件各土地に対しては軍用地料が支払われて来たところ、ミサは、君子がその幼いころに父親に死別され、母親とも別居していたため、同女を養育し、同女の所有に係る本件各土地の持分についてもこれを管理していたことから、同女に支払われるべき軍用地料を同女に代わつて受領し、いまだこれを一切同女に引き渡していない。

(ハ)  そこで、申立人及び君子は、このままでは、本件各土地に対する同女の持分からは何ら収益を受けることが出来ないと考え、本件各土地に対する同女の持分を他に譲渡することにし、昭和五三年一月から同年三月にかけて二回にわたりそれぞれ売買し、いずれも、その旨の所有権移転登記を行つた。

(ニ)  これに対し、ミサ及び同女の二男の妻である礼子は、申立人及び君子に対し上記各売買の撤回を迫り、これを拒否されると、ミサは、同年七月、那覇家庭裁判所に対し、君子に対する禁治産宣告及び礼子の後見監督人選任を申し立て、上記のとおり、同裁判所により、君子に対する禁治産宣告及び礼子の後見監督人選任が行われるや、礼子は、昭和五五年一月、禁治産者君子と後見人である申立人とは利益が相反するとして、後見監督人として自ら同女を代表して、那覇地方裁判所に、上記各売買の無効を理由として、上記各売買の各買主に対する抹消登記に代わる所有権移転登記手続を求める訴え等を提起した。

(ホ)  他方、申立人は、禁治産者君子の後見人として、同女を代表して、ミサがこれまでに君子に代わつて受領して来た軍用地料の返還請求権を保全するため、同年二月ころ、那覇地方裁判所からミサ所有の不動産に対する仮差押の決定を得、現在、本訴を提起するため準備をしている。

(ヘ)  ミサと君子との間には、以上のように、本件各土地に関連して紛争があるところ、礼子は、ミサの二男の妻であり、同女とは生計を同一にするものであることからすれば君子との間で事実上利害が対立する関係にあることになり、到底、後見監督人としての任務を適正に遂行することができない。更に、後見人である申立人は、禁治産者君子を代表して、ミサに対し、上記の軍用地料返還の本訴を提起するため、後見監督人礼子の同意を得ようとしたところ、同女は、事案の内容等に照らし当然同意をすべきなのに、ミサとの上記関係から、後見監督人としての権限を濫用してあえて同意をしない。

(3)  よつて、申立人は、後見監督人礼子がその任務に適しないから、同女の解任を求める。

三  当裁判所の判断

(1)  当裁判所の申立人、礼子、ミサ及び君子(同女の陳述が信用できることは、後記のとおりである。)に対する各審問の結果、家庭裁判所調査官○○○○○の調査報告書、その他本件一件記録中の各戸籍簿謄本、訴状、答弁書、仮差押決定正本の各写し等並びに那覇家庭裁判所昭和五三年(家)第一〇二五号、一〇二六号禁治産宣告、後見監督人選任申立事件及び同裁判所昭和五四年(家イ)第二九二号夫婦間の調整調停申立事件の各一件記録を総合すれば、次の各事実が認められる。

(イ)  君子は、昭和一六年七月一八日、父亡小山川秋吉と母吉美沢ハルとの間に出生したが、父が君子の三歳ころに戦争で死亡し、母もその二、三年後に再婚したため、そのころから、一時期を除いて、おばのミサによつて養育されて来た。

(ロ)  君子は、幼いころから知能の発達が遅れ、その傾向は小学校入学当初のころから顕著であり、一応小学校に入学したものの、学業について行けず、第一学年の過程を二回繰り返す途中で進級できないまま退学し、その後も知能は十分に発達せず、簡単な具体的日常的な事柄に関してはある程度の理解をすることができ、簡単な肉体労働も指示を受けてこれを行うことができるものの、むしろ重度の方に近い中程度の精神薄弱者として五、六歳程度の知能程度しか有しないままの状態に固定するに至つた。

(ハ)  本件各土地は、もと、ミサ及び君子の共有であり、その持分の割合は、ミサが三分の一、君子が三分の二であつたが、本件各土地は、軍用地として使用されて来ており、ミサ及び君子に対してその持分の割合に応じて軍用地料が支払われて来たところ、ミサは、おばとして君子を養育して来たものであることに加え、同女が上記のとおりの知能程度であつたことから、同女に対する保護者的な立場にある者として、本件各土地中同女の持分部分についてもこれを管理し、その結果、同女に支払われるべき軍用地料を含め本件各土地に対する軍用地料の全額がミサに対して支払われて来た。

(ニ)  ミサは、君子に支払われるべき軍用地料をも同女に代わつて受領して来たものであるが、同女が金銭の管理能力を有している訳でもなかつたことから、受領後もこれを直接同女に引き渡すということは一切せず、その代わり、同女に対する保護者的な立場にある者として、別段、計算関係を明確にした上ではなかつたが、同女の生活養育費、同女の父及び祖母のために造つた墓の造営費用、同女の父の法事の費用、同女の父及び祖母の各位はいの安置されるべき家(なお、後記のとおり、君子は、申立人と婚姻しているところ、ミサは、この家につき、自己名義で所有権保存登記をしたものの、君子が申立人と離婚した段階で、同女の名義にすべきものと考えている。)の新築費用等にあてた。

(ホ)  君子は、二〇歳前後のころから、放浪癖がつき、家出をしては素行のよくない男などと性交渉を持つようなことをし、その度に、ミサにおいて捜し回り又は警察に保護されるなどして連れもどされていたが、昭和三九年ころ、那覇市○○○○○のスラムで三〇歳以上も年長の申立人と同せいしているのを発見された。

(ヘ)  ミサは、申立人が君子と同じような女を同女の外にも数名出入りさせていたこともあり、同女を申立人のもとから連れもどそうとしたが、同女が是非とも申立人と結婚すると言い張りこれを拒否したため、無理に連れもどしてまた居所不明になるよりはましと考えたことに加え、申立人が同女を女中として手元に置きたいといつていたので、申立人に対し、同女との婚姻には反対であるし、同女が精神薄弱だから婚姻できるものではない旨念を押した上、同女が申立人と同せいすることを黙認していたが、申立人は、同女が日常生活をまともにこなせる普通の女と変わるところがないとして、同年一二月三日、同女と婚姻する旨の届け出をした。なお、この婚姻届け出の事実は、当初、ミサの知り及ばないところであつた。

(ト)  ミサは、君子が申立人と婚姻した後も、従前どおり、本件各土地に対する軍用地料の全額を受領し、同女に支払われるべき分を同女に引き渡したところで同女には金銭の管理能力がある訳ではないし、結局は申立人に取り上げられるなどと考え、別段、同女又は申立人にこれを引き渡すということはしなかつたが、本件各土地中同女の持分が昭和五三年一月から同年三月にかけて二回にわたり、売主が同女及び申立人という体裁の下に、申立人により各売買され、その旨の所有権移転登記も行われた結果、以後、ミサに対しては、本件各土地中同女の持分である三分の一に対応する軍用地料のみが支払われるようになつた。なお、申立人は、君子に対し、上記各売買の代金を渡しておらず、これを自分で費消するに至つた。

(チ)  ミサは、申立人が君子に意思能力のないことを利用して勝手に上記各売買をしたものであるとして、申立人に対しその撤回を申し入れたが、これを拒否されたので、本件各土地中上記各売買された同女の持分を取りもどすため、同年七月、那覇家庭裁判所に対し、同女に対する禁治産宣告及び後見監督人選任を申し立て(昭和五三年(家)第一〇二五号、一〇二六号)、昭和五四年一一月一四日、同裁判により同女の上記の知能程度が今後発達することは望めないとして、同女に対する禁治産宣告がされ(この裁判は、同年一二月五日に確定。)、これに伴い、ミサの二男の妻である礼子が後見監督人に選任されるや、昭和五五年一月、禁治産者君子と後見人である申立人とは利益が相反するとして、礼子に後見監督人として自ら禁治産者君子を代表させて、那覇地方裁判所に、上記各売買の無効を理由として、各買主に対する抹消登記に代わる所有権移転登記手続を求める訴え等を提起させた。

(リ)  他方、申立人は、同年二月ころ、禁治産者君子の後見人として、同女を代表して、ミサがこれまでに事務管理として君子に代わつて受領して来た軍用地料の返還請求権を保全するため、那覇地方裁判所からミサ所有の不動産に対する仮差押の決定を得、現在、本訴を提起するための準備をしているが、後見監督人礼子は、今のところ、この本訴提起につき同意をする意思がない。

(ヌ)  君子は、「申立人が本件各土地中同女の持分を他に売却しても、同女にその売買代金を一切使わせてくれない。」、「申立人が他の女を家に連れ込み、酒を飲んだり、性交渉まで持つている。」、「申立人から夏の暑いさなかにも外からかぎをかけられた上、狭い家の中に閉じ込められる。」などと不満をいつて、ミサのもとに逃げ帰り、申立人と離婚したい旨の意思を表明したものの、その度に、申立人により連れもどされた。しかし、ミサは、申立人及び君子の居住する近隣の住民等から、「君子の縁者なら何とかしてあげないと、大変だよ。」などといわれたこともあつて、昭和五四年七月ころ、同女が病院に入院中のミサのもとに来て、「申立人のところから逃げて来た。」などと述べ、申立人と離婚する旨の意思を強く表明したのを機会に、那覇家庭裁判所に君子のために離婚の調停を申し立ててやつたが、(昭和五四年(家イ)第二九二号)、これに対し、申立人は、「君子との婚姻生活はうまく行つており、ミサ及び礼子が夫婦の意思を無視して離婚させようとしているものであり、その策謀には断じて反対する。」などと主張し、他方、君子に対しては、上記のとおり、禁治産宣告がされたため、同裁判所は、事件が性質上調停をするのに適当でないと認め、同年一二月五日、調停事件終結措置(為さず)をした。君子と申立人との間の離婚調停の事件は、上記のようにして終了するには至つたが、同女は、依然として、自分なりの言葉で上記と同様の理由を挙げた上、「おばのミサは好きだが、重男はきらい。」などと述べ、ミサと生活を共にすることを望んでいる。

なお、君子は、むしろ重度の方に近い中程度の精神薄弱者で五、六歳程度の知能程度しか有せず、禁治産宣告をされてはいるが、那覇家庭裁判所昭和五三年(家)第一〇二五号、一〇二六号一件記録中の医師○○○○作成の鑑定書にも指摘されているとおり、簡単で具体的な事柄に関してはある程度理解することができ、他人と問答することもできるものであるところ、当裁判所の同女の審問の結果によつても、同女は、極く簡単な日常的な言葉を使う限り、質問の趣旨を理解し、質問の趣旨にかなつた陳述をすることができ、しかも、その陳述の内容は、同女の那覇家庭裁判所(家)第一〇二五号、一〇二六号事件における家事審判官に対する陳述、同裁判所昭和五四年(家イ)第二九二号事件における家庭裁判所調査官に対する陣述、本件におけるミサの陳述等とも符合しており、十分信用でき、上記認定の各事実中関係部分の認定に耐え得るものである。

(2)  以上認定の各事実によれば、ミサは、君子に支払われるべき軍用地料を同女の申立人との婚姻の前後を通じ同女に代わつて受領して来たものであり、同女にこれを引き渡すということは一切せず、計算関係を明確にすることなく適宜費消して来たものではあるが、ミサは、おばとして君子をその幼いころから養育して来たことに加えて、同女がかなり重い精神薄弱者であつたことから、同女に代わつて上記軍用地料を受領するようになつたものであり、このことは、不当なことではなく、ミサが君子に上記軍用地料を一切引き渡さなかつたということは、同女の知能程度に照らすと、そのことを妥当を欠くものということができず、ミサが君子の申立人との婚姻後も従前どおり、同女に代わつて上記軍用地料を受領し、同女又は申立人には一切引き渡さなかつたとの点も、ミサがおばとして君子と申立人との間に正常な婚姻関係が維持されているか否かにつき、その同せい関係が始まつたいきさつ等から懸念した結果であり、ミサがこの懸念をしたこと自体は、終局的にそれが真実と合致するものであつたかどうかを別としても、必ずしも不当なことではなく、更に、ミサが別段計算関係を明確にすることなく上記軍用地料を適宜費消していたとの点も、そのうち、君子の生活養育費等にあてた部分は何ら不当ではないし、墓の造営費、家の新築費にあてた部分は、客観的にみて、同女のために同女のすべき事務を管理したということもでき、これらの支出をするについて計算関係を明確にしなかつたとしても、その使途等に照らし、明確にすることが必ずしも容易又は可能なことではなかつたというべきであるし、ミサと君子のおば、めいという身分関係に照らしても、直ちに不当ということはできない。そうであるとすれば、後見監督人礼子が申立人において禁治産者君子を代表してミサに対し上記軍用地料の返還を求める訴を提起しようとするに当たり、これに同意する意思がないとしても、そのことは、後見監督人礼子においてその権限を濫用してミサ又は自己の利益を図る目的にのみ出ていることの結果とは直ちにいうことができない。また、ミサが申立人においてした本件各土地中君子の持分についての上記各売買の効力を争うこと自体は、終局的にその理由あることに帰するかどうかは別にしても、上記認定の各事実に照らせば、何ら不当なことではなく、後見監督人礼子がミサの意を受けて、上記各売買の効力を争い訴えを提起したとしても、その訴が終局的に理由あることに帰するかどうかは別にしても、当然その職務に属することであつて、何ら不当なことではない。その他、上記認定の各事実によれば、事実上利害が対立し紛争関係があるのは、申立人主張のようにミサ及び同女の二男の妻である礼子と君子との間ではなく、むしろ、ミサと申立人との間であるとの色彩が強いことからすれば、直には、後見監督人礼子がその任務に適しないとすべき事由を見いだし難い。

なお、以上に加えて付言するに、当裁判所は、君子が申立人と離婚する旨の意思を表明し、同女と申立人との間の婚姻関係が必ずしも円滑にいつていないともうかがえることの他方で、同女が申立人よりもミサを信頼し頼つているとの事実にかんがみるとき、この際、ミサの二男の妻である礼子に後見監督人の職務を遂行させ、君子に対する後見事務に遺憾なきを図ることがより適当と思料する。

(3)  以上の次第であるから、申立人の本件申立ては、理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事裁判官 向井千杉)

別紙目録<省略>

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